40光年

 皆さんにとっての「サンタさん」は、いつごろ「お父さん」に変化しましたか。

 数年前のことです。そんな思いをしたことがありました。 

 街中に、クリスマスの電飾がきらきらとし始めましたね。
 サンタさんの連想で、こんな話を思い出してしまいました。
 
 光は一秒間に、地球を7周半もするほどの速さだそうですね。
 光が1年間かかって進む距離を「1光年」というそうです。

 少年の頃、キャンプに出かけ、就寝の前に、夜空を見上げると、たくさんの星星がさんざめいていました。「あの星だ」と、目標を決めて「懐中電灯」で、その星に向けて、「モールス信号」で、メッセージを送りました。
 何年かかったら、その星まで自分のメッセージが届くのだろう?と、考えながら。

 それから、40年もの時間が流れ去りました。
 ある時、職場の同僚に、このような話をしました。
 彼女は、気象予報士の資格を持っていて、「そんなの届きませんよ。懐中電灯じゃ、エネルギーもたりないし、空気にぶつかって拡散してしまいますよ。無理です。」と、一蹴されてしまいました。

 「があぁーーーん」
 おらの夢を返せ!
 私の意を受けて、親愛のメッセージを届けるために、漆黒の宇宙空間を懐中電灯の光たちは突き進んでいるものと、固く固く信じていました。

 「40光年ならば、今はどの辺りだ?!」
 「応答せよ、わが光の使者たちよ!!


     寒星や神の算盤ただひそか     中村草田男


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by yamagoya333 | 2005-11-30 04:04 | 山小屋日誌

皿倉山

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 皿倉山の全景です。天気はよかったのですが、少しかんすんでいます。
 標高622メートルの山ですが、私には大きく・高く見えます。
 ふもとから頂上近くまで、ケーブルカーが敷設され、市民が気軽に登れるようになっています。
 頂上から見る夜景は、香港や函館のそれを凌ぐと「一部」の人たちは言っています。
 「100万ドルの夜景」というキャッチコピーも、物価の上昇に合わせてダンピング模様です。
 閑話休題、頂上からは素晴らしい夜景を臨むことができます。

 写真を撮影した場所に、25年間住んでいました。
 私の「原風景」です。
 皿倉山は、(写真でよく見る)富士山のように稜線が左右のふもとまで、遮るものがないまま延びています。
 高校生の時代は、密かに「筑前富士」と呼んでいました。
 大分県の「由布岳」を「豊後富士」と呼ぶがごとくにです。

 高校2年生の10月は、ほとんど家には帰らず(食料とお金を補給に)、学校が終わると、皿倉山へ登って、「国見岩」の辺りで寝ていました。
 中間試験も受けたし、朝の課外授業にも参加しました。
 このころから、変でしたね。

 現在は、左側の稜線のふもと?(2合目)に住んでいます。
 そのころは、自分がここに住むことになるとは、夢にも思いませんでした。

 この日は、一人の青年とこの場所へやってきました。
 次の2枚の写真は、二人で見た風景です。

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 桜の紅葉 現在街中は、桜がこんなに色づいてきれいです

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     ラグビーの野辺も稲城も狐色     山口誓子

 
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by yamagoya333 | 2005-11-29 13:23 | 山小屋日誌

温もり

 今年も余すところ一ヶ月となってまいりました。
 そろそろ年賀状の準備に余念がないことでございましょう。
 11月に入り、年賀状辞退の葉書が舞い込んでいます。

 年賀状については、不要論を唱える方もいるようですが、何かと途絶えがちな友達や知り合いと、年に一度の連絡を取り合い、無事を確認するという観点からいえば、一概に不要とまでは言い切れない部分もあるように思います。

 しかし、このところ裏も表も、すべてが「活字」で埋まっている郵便物が届くようになりました。
 出してくれた方には悪い(とは思いません)が、そういう葉書や封書は、少しも嬉しくはありません。
 携帯電話に「着信拒否」という機能がありますが、あらかじめ郵便局で荷物を選別してもらって、すべてが活字のものは留め置いて、「手書き」のものだけを配達してもらえるシステムができないものでしょうかね。

 自分の名前も活字、住所も活字、用件も活字、こんな無機質な手紙や葉書を受け取ると、自分自身がみじめで、寂しくなってしまいます。
 これは、私自身に宛てたものではなく、不特定多数のうちの一人の私に送りつけられてきたものだと理解します。

 一方、手書きの手紙や葉書は違います。
 まず、宛名です。これが手で書いてあると、相手は私の住所や名前を書いている間は、少なくとも私のことを考えていてくれると思うのです。「あのやろー」とか「こいつぅー」などと思いながらも。

 人に何かを伝えようとすれば、それなりの時間がかかるものです。
 私は、葉書や手紙の宛名は、必ず手で書くようにしています。
 年賀状は、コメント欄を確保して、何か一言。
 自分の出した、葉書を受け取ってくれた相手も、その時間に比例して自分のことを思い出したり、考えてくれることを信じて、年賀状を出すようにしています。

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     賀状来る遠き日の人昨日の人     潮見喜和子


 
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by yamagoya333 | 2005-11-27 23:05 | 山小屋日誌


 これも、別の仕事場の隣のお店の話です。

 「留美」という屋号で、カウンターだけで、椅子は4脚のみ。民家を一部改造しての営業でございました。
 お好み焼きや焼きソバを主たるメニューにしておりました。
 その中に、ちゃんぽんもちゃっかりラインナップされておりました。
 このチャンポンがすごかった。

 この店に、名物おばちゃんがおりました。(あっ、決してなくなったわけではありません。念のため)推定、70歳?!とにかくパワーがあります。いつも大きな声で話し、誰にでも声をかけてくれます。
 しょぼくれて歩いていると「頑張れぇ」と励ましてくれ、普通に?通り過ぎようとすると、「おっ、元気になったね」と声をかけてくれます。いつも、私の様子を見ていてくれているようで、うれしくなります。
 お世辞にも、繁盛していたとは言えないほど、閑散としていました。
 しかし、明日の心配なんてなんのその、気にしない・気にしないといったあっけらかんとした生き方は、参考になりますし、まねをしたいものだと思っています。
 くよくよしても、始まらん! なるようになる! これが、おばちゃんの口癖です。

 そんなおばちゃんが作るチャンポンがパワフル!
 麺はもちろん、「細麺」でした。
 スープはトンコツで、(こってり)の3乗!!ぎとぎと!
 スープも塩加減もすべてが「濃厚、」こてこて!
 出されたどんぶりには、油の膜が張っています。てかてか!
 さらに、白胡椒がたっっっぷり振りかけてあって、どんぶりを持ち上げるときに、その胡椒の粉を吸い込んでしまうと、もう取り返しのつかない状態に陥ってしまいます。
 体の調子が悪いときは、お腹にきそうなので、別のメニューを注文していました。

 残念ながら、写真をお見せすることができません。
 5年前に、きっぱりとお店を閉めてしまいました。
 その店も、すぐに改築して、普通の民家のよそおいにしてしまいました。
 ここが、食堂であったことを偲ぶよすがもありません。

 「しもた屋」という言葉があります。
 以前は、お店であったところが、それを閉じて民家になった家をさしますが、そんなかけらを微塵も見せないところが、おばちゃんの気風(きっぷ)のいいところです。
 今となっては、もう一度、覚悟して食べてみたいです。


     たらちねの老美しや去年(こぞ)今年     星野立子
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by yamagoya333 | 2005-11-27 20:06 | 山小屋日誌

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 大盛り 550円  byきよちゃん食堂

 仕事場(いくつかある支所のひとつ)の隣に、推定68歳のおばちゃんが一人で営んでいる小さなお店があります。
 定食を中心にしたラインナップで、昔懐かしい味を提供してくれます。
 そのメニューの一つに、このチャンポンがあります。

 気さくで人懐っこい人柄で、こちらの気持ちが和んできます。
 そんな女主人に親しみを感じるのか、常連客の多い店です。

 各自、自分の好みの席があるようで、同じ人が同じ席でご飯を食べています。
 また、聞き上手な女主人に、人生相談を持ちかける客もいて、他の客はそっちのけで、話し込んでいます。タバコで喉をやられたのでしょうか、しわがれた声で「うん・うん」と相槌を打っています。
 待たされる客も寛容の精神が旺盛で、切りが付くまで静かに、注文のタイミングをはかっています。

 その主人の作るチャンポンです。
 もちろん、「細麺」です。スープはトンコツですが、あっさりしていて、すっすと喉を通り、後味がいいです。
 女性らしい、繊細な味付けで、何杯食べても飽きることがありません。

 初めてチャンポンを食べたのは、夏のことでした。
 店を出て、ハンケチで顔をぬぐおうとしたところ、そのハンケチからは強烈なトンコツスープの臭いがするのです。
 一見優しそうに見える女主人、一本しゃきっと芯が通っていると見受けました。


     火の番の障子に大き影法師     高浜虚子


 
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by yamagoya333 | 2005-11-26 03:10 | 山小屋日誌

「雑煮麺」



 「雑煮麺」、高校時代、チャンポンを食べていて頭に浮かんだ「熟語?」です。
 ラーメンの具はシンプルですが、チャンポンのそれは盛りだくさんです。
 目の前にあるものは、とにかく具材として入れてしまうといったイメージです。
 また、冷蔵庫の整理を兼ねるとの発想があってのことです。

 「チャンポン」の由来を調べてみました。
 諸説あるようですが、自分に都合のよい意見を援用することにします。

 通信販売で「チャンポン」を扱っている会社のHPから

ちゃんぽん(チャンポン)の由来も諸説あります。「明治初年、長崎人である本吉某が、丸山にて支那うどんをちゃんぽん(チャンポン)と名付けて開業したもので、ついにちゃんぽん(チャンポン)は支那うどんの固有名詞となった」と文献に残されています。また「勝海舟が丸山でちゃんぽん(チャンポン)を食べとても喜んだ」とも語り継がれています。この他、福建省の人たちが長崎市内(現在の新地中華街や館内)に出て、庶民相手に商売をするようになった頃、その明治30年代に、陳平順が貧しい中国人留学生に安くて栄養のあるものを食べさせようと、野菜くずや肉の切れ端などを炒め、中華麺を入れスープで煮込んだボリュームたっぷりの料理を作り上げ、ちゃんぽん(チャンポン)と名付けたとも言われています。
 どの説にしても、麺好きの日本人の嗜好を巧みにとらえた、その名の通りまさに日本と中国が混合(ちゃんぽんになった)した料理と言えます。


 「食の基本は子ども時代にあり」と、つくづく思います。
 どんな料理であれ、子どものころに食べた形状や味が、「好き」「きらい」の判定基準になっているように思います。
 
 八幡のラーメン屋さんで、「出されていた」チャンポンの麺は「細麺」でした。
 「かん水」のよく効いた黄色をしていて、向こうが透けて見えるほどの「蒸し麺」でした。

 現在、北九州辺りでは「リンガー○○○」という長崎チャンポンのチェーン店が、業界を牛耳っていて?そこ出される「太麺」が主流になってきました。
 それがまずいとは決して思いませんが、太い麺が口の中で暴れて、噛むとすぐにふにゃふにゃになってしまいます。まるで、うどんを食べているようで、私にとっての違和感は否めません。

 そんなわけで、「細麺」を出す店が少なくなってきています。
 それでも、細麺にこだわる店もないわけではありません。

 細麺は、すぐにのびてしまいそうですが、思った以上に芯が硬いのです。噛むと「クッ」と反応し、適当にスープをまとっていて、口の中でうまく麺とスープが混ざり合うのです。

 私が好んで通った「來々軒」という店で出されたチャンポンには「胡瓜・きゅうり」の薄切りが入っていました。
 「えっ?!」と思われる読者も多いことでしょう。
 私も最初は、引いてしまいました。主人が間違って入れてしまったのではないだろうかと訝(いぶか)ったほどです。
 熱の入った胡瓜は、スープ色に染まり、透けて見えます。目をつぶって一枚食べてみました。「うっ、」西瓜の皮と身を一緒に食べたような味でした。スープを飲むとおいしかったです。主人が間違えて入れたのではないことを確信しました。
 ちなみに、「來々軒」は今も、中央町にあって繁盛していますが、残念ながら?胡瓜入りのチャンポンは姿をけしているようです。

 考えてみると、中国の人は、冬瓜もへちまもひょうたんも、火を通して食べるそうですから、胡瓜ならと、勝手に理解しております。
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by yamagoya333 | 2005-11-25 11:18 | 定点観察

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 昨日、草刈りをしてもらいました。
 野原はすっきりしました。
 定点観察の櫨の木は、もうすっかり冬モードです。
 左隣の「葛・かずら」が、これから黄色くなることでしょう。
 だんだん、寂しい風景になってきました。


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 本日は、夕方前まで仕事をしてきました。
 午後4時に、山小屋へ到着。
 まず、ビールを1本、森と乾杯!!
 今日は、たくさんの鳥が近くで、しかも大きな声でさえずっていました。
 ああ、鳥の名前を知りたい・鳴き声を覚えたい。

 今日は、豆腐とあげを砂糖醤油で煮込んで、酒の肴にしました。
 一人のときは、これが多いです。
 
 写真は「七輪・しちりん」です。
 耐用年数が切れて、胴回りに罅(ひび)が入っています。
 だましだまし使っています。
 奥のかまどから、熾(おき)を取り出して、お湯を沸かしているところです。
 ちょいと遊んで、モノクロにしてみました。
 昔の懐かしい雰囲気が出ているでしょうか。

 南紀勝浦に備長炭を焼いている「炭師」、ハンドルネーム「自給自足らず」さんがいます。
 彼は、「岡口式ドラム缶窯」の普及に力を注ぎ、それで焼けた炭を生活に使っていこうという運動をしています。
 「七輪の会」という組織を立ち上げています。
 わたしも、彼の提唱する窯の実践者の一人です。
 高校のクラブの後輩で、帰省するたびに山小屋へ登ってきてくれて、炭焼きの話を肴に、酒を飲みます。

 将来、こちらにシフトしたときは、「岡口式ドラム缶窯」の普及に力を入れたいと思っています。

 近頃は、山芋掘りが入ってきて、穴を掘りまわし、埋め戻さないで立ち去るものが多くいます。自然薯(じねんじょ⇒山芋)を掘るだけならいいのですが。知らずに歩いていると、落ち込んでしまって危険です。最低のマナーだとは思うのですが。


     自然薯の身空ぶるぶる掘られけり     川端茅舎
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by yamagoya333 | 2005-11-24 00:59 | 定点観察

新人ラッシュ!

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 先週、0483さんが頑張って焼いた竹炭です。

 昨日、窯を開けに来るという連絡が入りました。
 素敵な奥様とごっしょでした。
 前回、一緒に炭を焼いたKさんも、窯開けに立ち会うために上ってきました。

 窯のふたが開きました。
 今回は、まずまずの出来、これまでの苦労の甲斐がありました。
 上質とは言いかねますが、以前の炭に比べれば、格段にレベルが上っていると思われます。

 窯の中に、約100キロの炭材が入ります。
 歩留まりは、約1割です。
 今回は、約8キロくらいの炭が残りました。
 Kさんと袋に詰めて、凱旋です。

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 先週の13日の「忘年会」に、新人が6名山小屋へ上ってきました。
 Kさんもその一人でした。
 北九州の隣町に、竹林や田畑を持ってらして、自分でも竹炭をやいてみようかなというのりで、今回の山小屋訪問となりました。

 実際に、焼きあがった炭をみて、やる気が出たように見受けました。
 窯の製作など、お手伝いをしたいと思っています。
 もしかしたら、ここで「実習」をするかもしれません。
 もちろん、先生は、0483さんです。

 15日には、二人の若者を迎えました。
 いずれ、紹介できる日がやってくると思っています。

 そして、今日は、0483さんの奥様が上ってきてくれました。
 とってもチャーミングなかたです。
 窯開けに立ち会って、これまでのご主人の苦労を思いやったことでしょう。
 また、上ってきてくれるとのこと、楽しみにしています。

 さらに、頼もしい青年を迎えました。
 先週、山小屋へ上ってきた「ウメ先生」の知り合いです。

 自然に対する考え方が、私と似ているのです。
 話をしていて、楽しいこと・楽しいこと。
 二人で、ビールいっぱい飲んじゃった。
 これから、どんな付き合いになるかも分かりませんが、少しずつ理解しあいながら、やっていこうと思います。
 
 もしかしたら、ここに彼の「窯」が出来るかもしれません。
 久しぶりに、わくわくしています。
 こんな出会いも「必然」だと思いたいです。


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     とっぷりと後暮れゐし焚火かな     松本たかし
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by yamagoya333 | 2005-11-21 01:37 | 山小屋日誌

定点観察 1120

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 しばらく見ないうちに、こんなになっちゃいました。
 余すところ、赤い葉っぱが数枚!
 だれかさんの頭のごとく、寂しくなってまいりました。
 今月中には、完結するものと思われます。

 青葉茂れる頃が、いつであったかも定かではありません。
 時の移ろいは、本当に早いものです。
 「烏兎怱怱」(うとそうそう)
 烏(からす)が飛ぶごとく、兎が跳ねるように月日が流れてゆくことを表しています。
 ただし、この烏は、太陽にいる一本足の烏で、兎はおなじみの月にいらっしゃる方です。
 ここで、太陽と月で「年月」や「時間」を表すのです。

 しまった、講釈を垂れてしもうた。

 ええぃ、つぎじゃぁ!

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 山小屋は、現在こんな感じです。
 もしかしたら、近々にリニューアルするかもしれません。
 そのときのために、この姿を覚えておいてね。


     零余子一つ摘まんとすればほろと落つ     小沢碧童

 *零余子(ぬかご)…秋、自然薯・長芋の葉腋に生じる肉芽。
              炒ったりゆでたり、付け焼きなどにして食べる。
              炊き込んで零余子飯にしたりもする。
              むかご・珠芽とも
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by yamagoya333 | 2005-11-20 21:56 | 定点観察

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 おらの町内にあるところの「溝上酒造株式会社」でごわす。
 この蔵元が産するところの清酒が「天心」なのです。
 わたしは、この「天心」が大好きです。

 清酒の新酒品評会で、3年連続で「金賞」を受賞している「実力派」の蔵元です。

 
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 3年も連続して受賞しているにもかかわらず、宣伝といえば、この程度です。
 戸口に張り紙一枚きり、この奥ゆかしさはどうです。
 わたしは、この潔さが気に入っています。
 経営者の人柄が偲ばれます。

 普通ならば、大袈裟に触れ回るところでしょうが、この態度は立派です。
 これに満足せず、更においしいお酒を造ろうとの意気込みと見えます。

 地元の人は「天心はあまり・・・」と言って、敬遠する人もいます。
 しかし、この実績を無視することはできないでしょう。

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 わたしの家で汲み上げている井戸水(皿倉山の伏流水)と水脈を同じくしている「水」で「天心」が造られていることに近親感が湧いてきます。

 毎年、2月に「蔵開き」というイベントが、ここで開催されます。
 そのとき、「にごり酒」と「しぼりたて」という新酒が発売になります。
 2月中に売切れてしまうほどの人気です。
 もしも、ご希望であれば「買い物代行」をいたします。
 時期が来ましたら、ご案内します。

 
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 わたしの通っていた高校が、この溝上の横にありました。
 23期のみなさん、懐かしいですね。

 
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 大きな橋脚は、「北九州都市高速道路」のものです。
 わたしたち23期生が入学すると同時に、この道路の工事が始まりました。
 橋脚が下りているところに、弓道場・体育館・1年生棟がありました。
 わたしたち当時の1年生は、一学期・7月まで、1年生棟で過ごしました。
 5月に、溝上酒造の工場で新酒の仕込が始まります。
 「麹・こうじ」と米が程よく馴染んで、アルコール分が外にも流れ出ることがありました。
 甘ったるい、息が詰まるような香りが教室中に漂います。
 中には、顔を赤くして授業をなさる先生もいらっしゃいました。

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 Y高校には、わたしが知る限り2人の「アル中」の先生がいらっしゃいました。
 社会科準備室には、一升瓶が4・5本、常備されていました。
 理科の実験室の「アルコール」が減っていたという噂もあります。
 誰一人、「失明」したということは聞きませんから、適当に賞味?されたのでしょうか?

 この2人の先生は、素晴らしい先生でした。
 この話は、次回のお楽しみ?!


     どぶろくに身まげ酌むなるおのれ知る     森川暁水
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by yamagoya333 | 2005-11-19 02:35 | 山小屋日誌