おめでとう

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 高校での教え子が、二十歳になりました。
 本日、メールで知らせてくれました。

 心から、「おめでとう」と言ってあげたいです。


 AS香ちゃんは、本当に真面目な生徒でした。
 クラスの皆が、さっさと帰宅しても、いつも男子生徒と二人で、教室の掃除をしていました。
 ちなみに、M君はAS香ちゃんの彼氏ではありません。(念のため)


 この二人は、筆者が尊敬する生徒の一人ずつです。
 人が見ていても、そうでなくても陰日なたなく、こつこつと仕事ができるのです。

 「健気・けなげ」という言葉が、二人にはぴったりです。



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 AS香ちゃんは、動物の飼育の専門学校への進学を希望していました。
 でも、家庭の事情で、断念せざるをえませんでした。

 そんな状況下でも、ふてくされることもなく、就職活動に専念しました。
 AS香ちゃんは、介護の職に就きました。

 ハードな仕事で、時間も長く、休みもなかなか取れません。
 それでも、手を抜くことなく仕事をこなすかたわら、資格試験の勉強を怠りませんでした。
 見事に試験に合格し、次の目標を掲げて努力をしています。

 見習うことの多い女性です。

 成人になった今、改めてお祝いの言葉を捧げると共に、これからの人生に幸多かれと願うばかりです。


 
       南天の実がおびただし成人式     田中 行夫


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by yamagoya333 | 2014-01-23 21:21 | 山小屋日誌

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 15日、詩人の 吉野浩さんが、肺炎のため亡くなりました。
 87歳でした。

 私は、吉野さんの言葉遣いを秘かに師事しておりました。
 けっして人を傷つけることのない「やさしい言葉」が作品に溢れておりました。

 吉野さんの残してくれた言葉は、沢山あります。
 でも、これで限りがきたのだと思うと、寂しさが心の中にゆっくりと沈んでいくのを感じています。

 心から感謝を込めて、ご冥福をお祈りいたします。




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      『詩の楽しみ』   吉野 弘


 夏の日盛り、大輪の芙蓉ふようを眺めていたとき、ふと奇妙なことに気づき、疑問に思ったことがあります。


 芙蓉の花は五弁の花びらが合わさって鉢型をなしています。よく見かける色は紅と白ですが、私の庭にある白い芙蓉は花の鉢の底に当たる部分が鮮紅色です。そして、めしべというのがひどく長くて、鉢型の底から伸びためしべは花びらの端よりもっと長く外へ突き出ています。ところが、おしべは、これとは対照的に短くて、めしべの生え際に、頼りなげにチョボチョボとあるのです。


 いうまでもないことですが、花は生殖器官ですから、めしべがおしべの花粉を受精しやすいようにできているほうが合理的なはずです。受精が楽に行われるためには、めしべとおしべの背丈がそろっているほうがいいわけです。ところが、芙蓉の花では、前述のように背丈が違い、まったく不合理です。


 そう思いながら、めしべとおしべを仲立ちするのが蜂や蝶だということに思い当たり、虫の役割に気づきました。そういえば、虫媒花、風媒花、ということばを学校で習ったな、と思いました。


 そのとき私は、花が受精する際に、虫や風などの力を借りるというしくみに、新鮮な驚きをおぼえたのです。つまり、楽な受精法を避けて、花以外のものに頼るめんどうな受精法を選んでいるわけで、言ってみれば、受精という大切な行為の過程に、花の思い通りにならない他者を介入させるわけです。




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 私の想像ですが、生命というものは、自己に同意し、自己の思い通りにふるまっている末には、ついに衰滅してしまうような性質のものなのではないでしょうか。その安易な自己完結を破る力として、ことさら、他者を介入させるのが、生命の世界の維持原理なのではないかと思われます。


 もしも、このような生命観が見当違いでないとすれば、生命体はすべてその内部に、それ自身だけでは生をまっとうできないという、いわば欠如を抱いており、それを他者によって埋めるよう運命づけられている、ということができそうです。


 他者なしでは完結することのできない生命、そして、お互いがお互いにとって必要な他者である関係、これは、もしかしたら生命の世界の基本構造ではないか・・・これが私の帰結だったのです。


 言うまでもなくこの構造は人間を含んでいます。つまり私も、ある時、ある人にとっての虫や風であり、ある人の幸・不幸の結実を知らずに助けたり、また私の見知らぬだれかが、私の結実を助けてくれる虫や風なのです。


 この「他者同士」の関係は、お互いがお互いのための虫や風であることを意識しない関係です。ここがいいのです。他者に対して、いちいち礼を言わなくてもいい。恩に着せたり、また、恩に着せられたりということがありません。


 世界をこのように作った配慮は、実に巧妙なものだと私はつくづく思います。一つの生命が、自分だけで完結できるなどどと万が一にもうぬぼれないよう、すべてのものに欠如を与え、欠如の充足を他者にゆだねた自然の摂理の妙を思わないわけにはいきません。私はきょう、どこかのだれかが実るための蜂だったかなと想像することは、楽しいことだと思うのですが、どうでしょうか。


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  What am I for someone ? written by Yamagoya-tishu

 だれかのために、何かをするとなれば、肩に力が入るし、お互いにフィフティーではない部分が出てきます。
 でも、「知らないだれかの役に立ったかもしれない」と考えるだけでも、楽しい気分になれますね。

 さしずめ、気まぐれの私は「風」です。人の役に立つどころか、微風の時は力にはなれず、嵐の時は、邪魔ばかりしているように思います。
 それでも、だれかの・・・・・と考えてしまう自分は、メダカの金魚すくい(救いようがない)。



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by yamagoya333 | 2014-01-21 22:02 | 山小屋日誌

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 昨年末、ひげTによる「ミニ門松」のワークショップを紹介しました。

 その講座と同時進行で、「竹製チェロ」(正式名称は次回)のワークショップが催されました。

 ひげTは、大忙しです。


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 受講生の皆さんは、ある程度の形に竹を加工してからの参加のようです。
 作業工程が、理解できている様子で、速やかに手が動いています。



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 一人では出来ない作業は、お互いに協力し合っています。

 肝心なところは、ひげTが手を加えたり、確認してOKを出したりしています。


 この楽器は、チェロのように弓で奏でたり、ギターのように弦を爪弾くことも出来ます。
 共鳴する部分の容量が小さいので、アンプを通して聴くことになります。

 素敵な音色を楽しめますよ。


 現在、この楽器に関して「特許」を申請中です。



       チェロ弾きのめくる譜面の星月夜     対馬 康子


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by yamagoya333 | 2014-01-10 01:14 | 山小屋日誌

するりと

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 暮れの28日に、長男が東京から戻ってきた。
 
 長い不在を瞬時に圧縮し、するりと自分の椅子に座る。
 まるで、たった今、散歩から戻ってきたかのごとくに。


 いつものようにパソコンの前で、パシャパシャとやっている。
 次男が、「にぃちゃぁ~~ん」と言いながら、兄の後ろでパソコン画面に見入る。

 娘が、二人の気配を察して、「にちゃんがたぁ~~」と、声を伸ばして彼らの横に。
 長男が、東京へ就職していく前までの光景だ。


 何をするでもなく、飯を食っては、ベッドに寝転がって本を読んでいる。

 今回、目新しいことといえば、長男が本格的にカメラをやり始めたことだろうか。
 彼の祖父と叔父は、それぞれ「暗室」を設えるほど、カメラに没頭していた。

 筆者は、図らずもデジカメ(写真の技術がなくても・・・)で、拙いブログのために撮影をするようになっただけだが ・・・

 息子は、本格的な一眼レフと各種のレンズを駆使しているようだ。
 なにか、一族に流れているものを感じずにはいられない。


 昨夜、思いついて、皿倉山の夜景を撮影することした。
 勿論、筆者は、その撮影技術を持ち合わせてはいない。

 凍える空気と静寂のなかで、息子は撮影を始めた。
 一時間ばかり付き合っただろうか、愛おしいような時間が闇の中に吸い込まれていった。
 これから先も、もうこんな機会はないような気がする。


 息子と、特に何かを話したわけではない。
 車の中でも、無言の時間が流れる。

 それでいて、気持ちが通じていないとは思わない。
 そこに、言葉が介在しないだけのことだと思う。


 昨夜も、夜中までゲームをしたり、本を読んでいた。
 そのため、昼近くまで寝ていた。
 「どこか撮影に連れて行こうか」と、提案した。
 彼は、「いや、いい」とさらりと答えた。


 山小屋へ上がろうかと思った。
 しかし、彼が家にいるのなら、私もと。
 晴れているのに、本を3冊も読んでしまった。


 明朝早くに、息子は、東京へと戻っていってしまう。
 例の「行ってきます」という言葉を残して。

 
 主人のいなくなった部屋には、再び、ゆるやかな時間が流れ始めることだろう。



       初便り一子を語るつまびろか     中村 汀女


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 ※ 写真は、長男の手による
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by yamagoya333 | 2014-01-03 22:31 | 山小屋日誌

健やかに、健気に

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 本日、娘が二十歳になりました。

 身体が小さく、お勉強もできず、人の気持ちも忖度そんたくできない、不出来な娘でございます。
 このまま、世の中に出してよいものかと、思案しております。

 今春、短大を卒業予定です。
 あくまで、予定でありますから、欠点を期に、そうならぬこともありかと、秘かにおびえております。

 成人式を間近に控え、振袖姿を写真館で撮影してもらいました。
 出来上がった写真集には、これまで見たこともない「女性」が存在しておりました。
 「馬子にも衣装」とは、よく言ったもので、吃驚びっくりいたしました。
 それなりに、成熟していたのだぁと、感慨も深いことでした。


 小学校に入学するときには、黒いランドセルを所望しょもういたしました。
 いつもは、白と黒のモノトーンの衣装ばかりのファッションを基調としております。


 制服以外のスカートは、未だに一枚も持っておりません。
 少林寺拳法は、初段の黒帯にございます。


 ここに到っても、色気のない生活を常としております。

 それでも、40を過ぎて授かった一人娘は、まことに可愛いものでございます。(親ばか)
 健やかに幸せな人生を歩んでほしいと、願うばかりです。



     よそほひて成人の日の眉にほふ     猿山 木魂


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 ※ 娘が、兄と父親の存在として慕う、長兄と
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by yamagoya333 | 2014-01-03 21:51 | 山小屋日誌

ゆるりと

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 年が新たになり、皆様のご多幸をお祈り申し上げます。


 私は、昨年同様、ゆるりと参りたいと思っております。
 本年も、山小屋亭主の気まぐれにお付き合いいただけると、嬉しいです。



       遠方の年賀残りて今日も雪     渡辺 水巴



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by yamagoya333 | 2014-01-01 10:43 | 山小屋日誌