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竹藪 オムニパス Ⅸ

推定8メートル

 竹藪の中に、大きな岩がある。
 人間の背丈をはるかに上回るほどの高さと大きさだ。

 その岩の根元に、二つの穴がある。
 狸が、住み家としている。
 一つが、通常の出入り口。
 一方が、非常口兼、カモフラージュ用の穴だ。

 ポンちゃんと名付けた、みすぼらしいタヌキが、ここの亭主だった。
 体毛が、まだらに抜け落ちて、せていた。
 見るからに、風采ふうさいの上がらない、リストラされたオッサンのようだった。
 どこか、山小屋亭主を彷彿ほうふつとさせる風体ふうていであった。

 山小屋の外にあるテーブルに座って、独り酒を呑んでいると、何かの気配を感じた。
 水道の蛇口辺りに、一匹のタヌキが、そっとたたずんんで、こちらを見ている。
 柔らかな視線だった。
 思わず「ポォン」と、呼びかけてみる。
 かしいでいたくびが、わずかに揺れた。

 飲んだくれ亭主が、「ポン」にとって、危険な存在ではないと解釈してくれたような気がした。
 語りかけてみた。

 「家族は?」
 「腹が減っているのかい?」
 「酒、呑むかぃ!!!!?」

 頸は傾いだままだ。
 ちょいと、愚痴ってみた。
 受け止めてくれるように、聴いてくれる。

 テーブルの上には、タヌキが食べそうなものがいくらかあった。
 しかし、決して、投げて与えはしなかった。
 気まぐれで、付けをしても、毎日同じ時間に餌をあげることはできないからだ。
 タヌキが、餌を当てにして、やってきても期待を裏切ることになってしまう。
 

 筆者が、独り酒を呑んで、寂しくなると、「ポォーーーン」と連呼してみる。
 いつの間にか、ポンちゃんが、例の所に来てくれる。
 
 娘に、ポンちゃんの話をした。
 ポンちゃんに会いたいと、しきりに願った。
 しかし、娘と一緒に居るときは、一度も姿を見せなかった。
 娘は、しょんぼりしていた。

 しかし、娘は不本意にも、ポンちゃんと遭遇することになる。
 炭焼き仲間のITさんと、竹藪を歩いていたときに、例の大きな岩の前で、のたれ死にをしているポンちゃんの姿を見たのだ。

 娘が、どのように受け止めたのかは、尋ねてはいない。



       そま小屋をゆすぶりに来るたぬきかな     平松 竈馬


 *「杣・そま」 … 木材を切り出す山
 *「狸」(冬)
by yamagoya333 | 2008-02-24 04:22 | 山小屋日誌